事業承継は、「まだ先の話」と「もう間に合わない」の間が極端に短いテーマです。日々の受注と資金繰りを回しているうちに数年が過ぎ、いざ動こうとすると、株式の評価にも、後継者への説明にも、取引先への挨拶にも、それぞれ数か月単位の時間がかかることが分かる。そこから慌てて始めるケースが少なくありません。
静岡県は、この「先延ばし」に手を打つため、9月を事業承継推進月間としています。県の啓発期間に合わせて、少なくとも「自社の情報を紙に出す」ところまでは進めておきたいところです。
この記事では、県内で使える公的な相談先を整理したうえで、相談に行く前の準備のどこまでを生成AIに任せてよいかを分けて書きます。
この記事の要点
- 静岡県は静岡県事業承継ネットワークと連携し、9月を「事業承継推進月間」として啓発活動を実施している。
- 県の役割は2つ。経営承継円滑化法に基づく認定業務と、支援機関と連携した支援ニーズの掘り起こし・承継計画策定の支援・第三者承継のマッチング促進。
- 公的な相談窓口は静岡県事業承継・引継ぎ支援センター(静岡市葵区紺屋町・電話054-275-1881)。相談は無料で、親族内承継・従業員承継・第三者承継のいずれにも対応する。
- 静岡市は経済局商工部産業振興課経営支援係、浜松市ははままつ起業家カフェ(浜松市産業部産業振興課創業支援グループ)が入口。二政令市でそれぞれ窓口が立っている。
- 準備の中身は「情報の棚卸し」。生成AIは棚卸しの項目出し・文章の下書き・説明資料の整形までで、株式や資産の評価と後継者の決定は自社と専門家の領分。
9月は静岡県の事業承継推進月間
県と事業承継ネットワークが連携した啓発期間
静岡県は事業承継支援のページで、静岡県事業承継ネットワークと連携し、9月を「事業承継推進月間」として中小企業者の事業承継の促進に向けた啓発活動を実施している、と示しています。令和8年度分はチラシ(PDF)が掲載されています。

静岡県事業承継ネットワークは、県内の商工団体、金融機関、士業団体、市町などが参加して中小企業者の事業承継支援を行うために組織されたネットワークで、事務局は静岡県事業承継・引継ぎ支援センターが担っています。
つまり、9月に商工会議所や取引先の金融機関から事業承継の案内が届いたり、セミナーの声がかかったりするのは、この月間に合わせた動きです。声がかかったときに「まだ考えていない」で終わらせず、手元の情報を出す作業だけでも始めておくと、次に相談する場面で話が早く進みます。
県が担っている2つの役割
県のページは、県自身の役割を2つに分けて説明しています。
1つは、経営承継円滑化法(中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律)に基づく認定業務です。事業承継に伴う税負担の軽減(事業承継税制)や、事業承継の際に必要となる資金についての特例措置など、さまざまな支援の前提となる認定を県が行っています。詳細は県の経営承継円滑化法に係る認定についてにまとまっています。
もう1つは、支援機関と連携した支援です。国が各都道府県に事業承継・引継ぎ支援センターを設置しており、県はセンターをはじめとする各支援機関と連携して、支援ニーズの掘り起こし、事業承継計画策定の支援、第三者承継のマッチングの促進に取り組んでいます。
「税制や特例を使うには県の認定が要る」「相談と計画づくりはセンターと支援機関」。この2つを分けて覚えておくと、どこに何を聞けばよいかで迷いません。
資金面の制度も県にある
承継のときには、後継者が株式を取得する、事業用の資産を買い取る、といった場面でまとまった資金が必要になります。県には事業承継資金という融資制度があり、後継者の株式取得、事業資産の取得、M&A仲介会社への手数料などに対応するものと説明されています。
条件や限度額は制度のページで最新の内容を確認してください。融資である以上、審査があり、使えるかどうかは個別の判断になります。
静岡県事業承継・引継ぎ支援センターと県内の窓口
センターは静岡市葵区にある公的相談窓口
静岡県事業承継・引継ぎ支援センターは、親族内承継、従業員承継、第三者承継のいずれの相談も受ける公的な窓口です。センターのサイトには電話番号054-275-1881が示され、相談は無料と案内されています。県内の商工会議所・商工会等でも無料相談を行っていること、事前に自社の状況を整理するためのヒアリングシートが用意されていることも示されています。

中小企業基盤整備機構の事業承継・引継ぎポータルには、センターの所在地が静岡県静岡市葵区紺屋町11-4 太陽生命静岡ビル7Fと掲載されています。スタッフは税理士、中小企業診断士、金融機関OBなどで構成され、無料・秘密厳守で相談に応じる、という位置づけです。
「まだ後継者が決まっていない」「そもそも譲るのか畳むのか決めていない」段階でも相談先になる、という点がこの窓口の性格です。決まってから行く場所ではありません。
静岡市と浜松市、それぞれの入口
静岡県は静岡市と浜松市の二政令市を抱えており、事業承継の入口も市ごとに立っています。
静岡市の事業承継支援は経済局商工部産業振興課経営支援係が所管し、静岡県事業承継・引継ぎ支援センターや県・市町・商工団体・金融機関と連携した事業承継ネットワークの取り組み、経営者へのアンケート調査と訪問支援、融資制度、静岡市中小企業支援センターでの窓口相談・専門家派遣が示されています。
浜松市の事業承継支援は、浜松市産業部産業振興課創業支援グループ(はままつ起業家カフェ)が窓口です。所在地は浜松市中央区東伊場二丁目7-1 浜松商工会議所会館1階、電話は053-525-9745。商工会議所・商工会や静岡県事業承継・引継ぎ支援センターと連携して支援を行うと案内されています。
自社の所在地の市の窓口と、県のセンター。まずはこの2つのどちらかに連絡すれば、必要に応じてもう一方につながります。順番で悩む必要はありません。相談先全体の並びは静岡県のDX・AI支援窓口でも整理しています。
事業承継の準備は「情報の棚卸し」から始まる
頭の中にしかない情報を紙に出す
相談に行っても、その場で話が進まないことがあります。理由はたいてい同じで、会社の情報が経営者の頭の中にしかないためです。

「あの取引先は先代のときからの付き合いで、単価は据え置きになっている」「この設備は10年前に入れたが、更新の見積もりはまだ取っていない」「経理は義理の妹に手伝ってもらっている」。こうした話は決算書に載りません。しかし承継の設計では、どれも判断を左右します。
準備の第一歩は、この種の情報を紙に出すことです。順番としては、①棚卸しの項目を決める、②項目ごとに分かることを書き出す、③空欄になった項目を洗い出す、④空欄を埋める担当と期限を決める、という流れになります。空欄が出ること自体は問題ではありません。空欄がどこにあるかが分かっていない状態が問題です。
棚卸しの7項目
最初に出す項目は、次の7つで足ります。
| 項目 | 書き出す内容 |
|---|---|
| 会社の基本情報 | 沿革、主な事業、拠点、許認可の種類と更新時期 |
| 株式と持分 | 誰が何株持っているか、名義と実態が違う分がないか |
| 資産と負債 | 事業用の不動産・設備、借入とその保証の状況 |
| 取引先 | 主な得意先・仕入先、取引の経緯、担当者の属人性 |
| 人 | 役員・従業員の構成、年齢、キーパーソン、家族の関与 |
| 業務の中身 | 経営者しかできない仕事、経営者しか知らない手順 |
| 後継者の候補 | 親族・従業員・第三者のどれを考えているか、本人の意向 |
このうち最も抜けやすいのが「業務の中身」です。日報や手順書がない会社ほど、承継の難所がここに集中します。後継者が決まってから困るので、先に洗い出しておく価値があります。
空欄が多い項目から相談する
7項目を書いてみると、必ず空欄が残ります。株式の名義が古いままだった、保証の状況を正確に把握していなかった、といったことがここで見つかります。
センターや市の窓口には、この「空欄が残った棚卸しの紙」を持っていくのが最も効率的です。全部埋めてから行く必要はありません。埋まらなかった項目こそが、専門家に聞くべきことだからです。
生成AIに任せてよい工程と、自分で決める工程
棚卸しは、書くこと自体が面倒です。頭の中にはあるのに文章にならない。ここが生成AIの使いどころです。ただし、任せる範囲を間違えると危険なテーマでもあります。

任せてよい工程
- 棚卸しの項目リストを自社の業種に合わせて広げる
- 口頭で話した内容を、項目ごとの箇条書きに整える
- 経営者しかできない仕事を洗い出すための質問リストを作る
- 従業員向け・取引先向けの説明文の下書き(公表の段階になってから)
- 相談窓口に持っていく資料の体裁を整える
自分で決める工程
- 誰に承継するか、いつ承継するか
- 株式や事業用資産の評価、税制上の判断
- 借入と保証の扱い
- どの情報を、誰に、いつ開示するか
入れない情報
- 従業員・役員の個人情報や個別の給与
- 取引先ごとの単価・原価の内訳
- 未公表の承継方針、後継者候補の氏名
- 決算書そのもの、株主名簿そのもの
事業承継の情報は、社内でも極めて限られた人だけが扱うものです。「どの生成AIサービスを使うか」以前に、「誰が入力し、出力をどこに保存するか」を先に決めてください。社内の線引きの作り方は経理・総務・人事の生成AI活用8業務でも扱っています。
頼み方の例
私は静岡県内で[業種]を営む中小企業の経営者です。事業承継の準備として自社の情報を棚卸ししたいので、聞き取りのための質問リストを作ってください。項目は「会社の基本情報/株式と持分/資産と負債/取引先/人/業務の中身/後継者の候補」の7つです。各項目について、社名・個人名・金額を答えなくても構造が分かる質問を5つずつ作ってください。
固有名詞や金額を入れずに、質問リストだけを作らせる。この形なら情報を渡さずに済みます。答えは手元の紙に書けばよく、生成AIに戻す必要はありません。
県内の業種ごとに詰まりやすいところ
業種別に見る詰まりどころ
静岡県の産業構成は、輸送用機械、製紙、楽器、茶業、水産加工と幅広く、承継で詰まる箇所も業種によって違います。
- 輸送機器のサプライヤー:取引先の監査対応や品質文書が属人化しているケース。図面・工程表・検査記録の所在を先に洗い出す
- 茶業:園地の権利関係と、販路が経営者個人の関係に依存している点。栽培の手順と販路の経緯を分けて書き出す
- 水産加工:設備の更新時期と衛生管理の記録。許認可の更新時期を棚卸し表に必ず入れる
- 製紙・紙加工:設備が大きく、資産の評価と更新計画が承継の設計に直結する
- 旅館・飲食:不動産と借入の関係が複雑になりやすい。保証の状況を早い段階で確認する

棚卸し表に行を足していく
業種ごとの事情は、県内で長く事業を続けてきた会社ほど深くなります。棚卸しの表に「うちの業種ならこれも要る」という行を足していく形で進めてください。業種別の書類仕事の軽くし方は、茶業の生成AI活用や焼津・沼津の水産加工と生成AIでも扱っています。
相談に行く前の1時間で用意するもの
- 7項目の表を作る(生成AIに枠だけ作らせて印刷する・10分)
- 分かる範囲で手書きで埋める(30分)
- 空欄に印を付ける(5分)
- 直近3期分の決算書の場所を確認する(渡すかどうかは相談当日に判断する・5分)
- 許認可の種類と更新時期を控える(5分)
- 静岡県事業承継・引継ぎ支援センターか市の窓口に電話して日程を取る(5分)
この1時間で、相談の質はかなり変わります。逆に、この1時間を飛ばして相談に行くと、初回は状況の聞き取りだけで終わります。
よくある質問
Q. 後継者がまだ決まっていなくても相談できますか。
A. できます。静岡県事業承継・引継ぎ支援センターは、親族内承継・従業員承継・第三者承継のいずれの相談も受ける窓口で、後継者が未定または不在の中小企業・小規模事業者への助言・情報提供・マッチング支援に取り組むものとして各都道府県に設置されています。決まってから行く場所ではありません。
Q. 相談は有料ですか。
A. センターのサイトには相談無料と案内されています。県内の商工会議所・商工会等でも無料相談を行っていると示されています。
Q. 事業承継推進月間を過ぎたら相談できなくなりますか。
A. なりません。月間は県と静岡県事業承継ネットワークによる啓発の期間で、相談窓口は通年で開いています。9月は「そろそろ動くきっかけ」として使ってください。
Q. 税制の特例を使うには何が要りますか。
A. 事業承継に伴う税負担の軽減(事業承継税制)や資金の特例措置は、経営承継円滑化法に基づく認定が前提になります。認定業務は県が行っており、要件と手続きは県のページで確認してください。個別の適用可否は税理士や県の担当課に確認する領分です。
Q. 決算書を生成AIに読ませて分析してもらってもよいですか。
A. 自社の未公表の財務情報をそのまま入力するのは避けてください。分析が必要なら、センターや顧問の専門家に相談するほうが確実です。生成AIには、公表してよい範囲の言葉で説明文を整えてもらう使い方にとどめるのが安全です。
Q. 従業員にはいつ伝えればよいですか。
A. 伝える時期は経営の判断で、記事として一律の答えは出せません。伝えると決めた後の説明文の下書きは生成AIに任せられますが、「いつ・誰に・どこまで」を決めるのは経営者と支援機関の役割です。
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参考・出典
- 静岡県経済産業部商工業局経営支援課「事業承継支援」
- 静岡県「令和8年度事業承継推進月間(チラシ・PDF)」
- 静岡県「経営承継円滑化法に係る認定について」
- 静岡県「事業承継資金」
- 静岡県事業承継・引継ぎ支援センター
- 独立行政法人中小企業基盤整備機構「事業承継・引継ぎポータルサイト 静岡県」
- 静岡市「事業承継支援」
- 浜松市「事業承継支援」