この記事の要点
静岡県は就業者の4人に1人が製造業で働く県です。厚生労働省の最新調査では、製造業の94.9%が技能継承に取り組んでいる一方で、技能やノウハウを文書化・マニュアル化している事業所は19.0%にとどまります。多くの現場は「再雇用したベテランに教えてもらう」形で持ちこたえていて、その人が本当に辞めたときに何も残らない状態です。この記事では、ベテランに話してもらった録音を生成AIで手順書の下書きに変え、若手が読んで差し戻し、写真と数値を足して現場で試す5段階を説明します。あわせて、静岡県技能マイスター、技能検定の後期受付、県工業技術研究所の技術相談など、県内で使える制度と窓口をまとめます。
静岡の製造業で技能伝承が待ったなしになっている理由
就業者の4人に1人が製造業という県の構造
静岡県の令和2年国勢調査 就業状態等基本集計結果(静岡県の概要・令和4年7月)によると、県内の就業者181万7,048人のうち、産業大分類で最も割合が高いのは「製造業」の25.0%です。次いで卸売業・小売業14.8%、医療・福祉11.6%と続きます。就業者の4人に1人が製造業にいる県で、ベテランの技能が抜けることは、そのまま県内の生産力の問題になります。

規模の面でも同じです。総務省・経済産業省の2024年経済構造実態調査二次集計結果 製造業事業所調査 結果の概要(2025年8月29日)では、静岡県の製造業は事業所数1万530(全国構成比4.7%・5位)、従業者数40万8,750人(同5.3%・3位)、製造品出荷額等19兆7,732億円(同5.3%・2位)、付加価値額6兆4,398億円(同5.8%・2位)です。出荷額と付加価値額が愛知県に次ぐ2位という位置は、この調査で確認できます。県の統計表は統計センターしずおか「2024年経済構造実態調査(製造業事業所調査)統計表」(2026年8月14日公表)から市町別・産業別に取れます。
全国調査では9割超の製造業が技能継承に取り組んでいる
厚生労働省の令和6年度能力開発基本調査 結果の概要(2025年6月27日公表)によると、技能継承の取組を行っている事業所の割合は総数で84.6%、産業別では製造業が94.9%、建設業が94.3%で9割を超えています。つまり「何もしていない」現場はほとんどありません。問題は、取組の中身です。
「指導する人材が不足」が問題点の最上位
同じ調査で、能力開発や人材育成に関して何らかの問題があるとする事業所は79.9%です。問題点の内訳は「指導する人材が不足している」が59.5%で最も多く、「人材を育成しても辞めてしまう」54.7%、「人材育成を行う時間がない」47.4%と続きます。教える側の人数と時間が足りない、という構造です。ベテランが現役のうちに、教える時間を使わずに残せる形が要ります。
文書化・マニュアル化は2割弱、ここに生成AIの出番がある
取組内容の内訳
同調査の技能継承の取組の内容(複数回答)を見ると、最多は「中途採用を増やしている」56.4%、次いで「退職者の中から必要な者を選抜して雇用延長、嘱託による再雇用を行い、指導者として活用している」49.6%、「新規学卒者の採用を増やしている」33.8%です。一方で「退職予定者の伝承すべき技能・ノウハウ等を文書化、データベース化、マニュアル化している」は19.0%、「技能継承のための特別な教育訓練により、若年・中堅層に対する技能・ノウハウ等伝承している」は19.8%にとどまります。

再雇用で指導者を確保する形は、その人が完全に引退した瞬間に途切れます。文書化は2割弱しか行われていないので、ここを埋めれば、他社より先に進めます。
なぜ文書化が後回しになるのか
現場で聞く理由は3つに集約されます。ベテラン本人は書くのが得意ではない、書ける若手はベテランの仕事を理解していない、そして両方に時間がない。生成AIは、この「話せるが書けない」「聞けるが分からない」の間を埋める道具として使えます。ベテランには話してもらうだけにし、文章の形にするところを生成AIに任せ、分かるかどうかの確認を若手に任せる分担です。
生成AIで手順書にする5つの段階
段階1 ベテランに話してもらい録音する
作業を見ながら、「今、何を見ていますか」「なぜその順番ですか」「失敗するとどうなりますか」の3つを繰り返し聞きます。時間は1作業30分までにします。録音はスマートフォンで構いませんが、会社のルールで録音と生成AIへの入力を認めていることを先に確認します。社内ルールがまだ無い場合は、先に中小企業の生成AI研修の始め方で扱った研修と一緒に決めるのが早道です。

段階2 文字起こしを手順の骨組みに変える
文字起こしをそのまま生成AIに渡し、「作業の順番に並べ直し、各手順を『何をする』『何を見る』『何が正常か』の3項目で書き出してください。話に出てこない項目は空欄にしてください」と頼みます。空欄を残させるのが重要で、生成AIに埋めさせると、その現場に無い手順が入り込みます。空欄はベテランに戻して聞く場所のリストになります。
段階3 「なぜそうするか」の質問を生成AIに出させる
骨組みができたら、生成AIに「この手順書を初めて読む新人が質問しそうなことを20個挙げてください」と頼みます。出てきた質問をベテランに10分で答えてもらい、その録音をまた段階2に戻します。ベテランが自分では思いつかない「暗黙の前提」が、質問の形にすると出てきます。
段階4 若手が読んで分からない所を差し戻す
若手が手順書だけを見て作業を再現し、止まった場所に印を付けます。止まった場所は、手順が抜けているか、言葉が現場と違うかのどちらかです。印の付いた場所だけをベテランに聞き直します。全体を読み合わせる会議は要りません。
段階5 写真と数値を足して現場で試す
止まらずに最後まで進めるようになったら、判断の分かれ目に写真を足し、「音が変わる」「手応えが軽くなる」のような感覚表現には、測れる数値を添えます。数値が測れない技能は、その旨を書いて「有資格者が横で確認する手順」として残します。ここまで来た手順書を、日付を入れて第1版とします。
入力しない情報と、判断を人に残すところ
図面・取引先名・配合は入れない
生成AIに渡すのは、作業の順番と観察点だけです。図面の寸法、取引先の名前、材料の配合比率、加工条件の数値は、文字起こしの段階で伏せ字にしてから渡します。手順書の完成版で数値を入れるのは、生成AIを通さずに社内で行います。この線引きは、社内ルールに一行で書いておくと、担当が替わっても守られます。

安全に関わる手順は必ず有資格者が確認する
プレス、溶接、クレーン、フォークリフト、有機溶剤など、資格や特別教育が要る作業の手順書は、生成AIの下書きをそのまま配布しません。該当する資格を持つ人が読み、法令上の手順と食い違いがないかを確認した上で承認欄に名前を入れます。生成AIは「書く時間」を減らす道具であって、「確認する人」を減らす道具ではありません。
静岡県内で使える制度と窓口
技能マイスター(しずおかの匠)
静岡県には、優れた技能を持ち後進の指導・育成に尽力している技能者を認定する静岡県技能マイスターの認定制度(静岡県・2026年4月1日更新)があります。制度の目的は「広く社会一般に技能尊重気運を醸成し、技能者の社会的地位及び技能水準の向上を図る」ことで、平成18年度に創設され、令和7年度までに96人が認定されています。自社のベテランが該当しそうなら、認定を目指すこと自体が「教える役割」を本人に自覚してもらう機会になります。認定者の派遣や指導を企業が依頼できる仕組みがあるかどうかは、2026年9月時点で県のページに明記が見当たらないため、担当課(経済産業部就業支援局職業能力開発課)に確認してください。

技能検定の後期受付は10月5日から
手順書ができたら、若手の到達点を測る物差しとして技能検定が使えます。静岡県職業能力開発協会「技能検定」によると、令和8年度後期の受検申請受付期間は令和8年10月5日(月)から10月16日(金)まで、後期の実技試験は令和8年12月4日(金)から令和9年2月14日(日)まで、後期の合格発表は令和9年3月12日(金)です。手順書の第1版を秋までに作り、冬の実技試験に若手を出す、という年間の組み方ができます。厚労省の同じ調査では、職業能力評価に技能検定を利用している事業所は36.8%です。
工業技術研究所の技術相談とAI・IoTアドバイザー
技能を数値に置き換える段階で行き詰まったら、静岡県工業技術研究所「技術相談」が使えます。電話、メール、来所に加えてオンライン相談と現地指導に対応しており、拠点は静岡(054-278-3028)、沼津(055-925-1100)、富士(0545-35-5190)、浜松(053-428-4152)の4か所です。静岡市と浜松市のどちらからも近い拠点があります。
生成AIやIoTの使い方そのものを相談したい場合は、県の中小企業AI・IoT導入促進事業(静岡県・2026年8月25日更新)に「AI・IoTアドバイザー」「AI・IoTサポートカンパニー」「AI・IoT推進ラボ」の枠組みがあります。実施主体は静岡大学、静岡県工業技術研究所、静岡県産業振興財団、浜松地域イノベーション推進機構で、問い合わせ先は県の産業イノベーション推進課(054-221-2609)です。令和8年度のIoT大学連携講座とAI活用セミナーは申込を終了しているため、次年度の案内を待つか、アドバイザー派遣の可否を先に問い合わせるのが現実的です。相談先の全体像は静岡県のDX・AI支援窓口で整理しています。
業種別に手順書にしやすい技能の例
輸送用機械の部品加工
浜松を中心とする輸送用機械のサプライヤーでは、段取り替えの順番と、加工後の目視検査の判断が手順書にしやすい技能です。段取り替えは録音しやすく、検査の判断は「良品と不良品の写真を並べる」形で段階5に載せられます。文書業務の側は自動車・二輪部品×生成AIで扱っています。
楽器の調整・仕上げ
楽器の調整は、音や手応えの感覚表現が多い分野です。段階3の「なぜそうするか」の質問を厚めにし、感覚表現ごとに「何を見れば分かるか」を聞き取ります。数値化できない部分は、有資格者や熟練者が横で確認する手順として残す形が向きます。説明書や修理案内の書き方は浜松の楽器産業の取扱説明書と修理案内を参照してください。
製紙・水産加工
富士の製紙や焼津・沼津の水産加工は、設備のトラブル対応と原料の状態の見極めが技能です。トラブル対応は「起きたこと」「最初に見た場所」「やったこと」「直ったか」の4項目で録音すると、そのまま手順書の1ページになります。原料の見極めは写真の枚数がものを言うので、段階5に時間を割きます。
会社としてこの取組を誰が引っ張るかが決まっていない場合は、AI推進担当が最初にやることを先に読むと、手順書づくりを推進担当の最初の仕事に置けます。相談はお問い合わせから受け付けています。
よくある質問
Q. ベテランが録音を嫌がります。どうすればよいですか
録音の目的が「本人の仕事を残すため」であることを、経営者から直接伝えてください。あわせて、録音は手順書ができたら消す、本人以外には聞かせない、と決めておくと抵抗が減ります。話すのが苦手な人には、若手が作業を見ながら質問する形にし、答えだけを録音する方法もあります。
Q. 生成AIが手順を勝手に補って書いてしまいます
段階2で「話に出てこない項目は空欄にしてください」と明示し、それでも埋めてくる場合は「あなたが補った箇所には(推定)と付けてください」と追加します。推定の印が付いた行は、ベテランに確認するまで手順書に残しません。
Q. 文書化と技能検定は両方やる必要がありますか
順番としては文書化が先です。手順書があれば技能検定の受検準備が社内で回ります。厚労省の調査で技能検定を職業能力評価に使う事業所が36.8%あるのは、到達点を外部の物差しで測れるためです。両方やる余裕がなければ、まず手順書の第1版を作ってください。
Q. 安全に関わる作業の手順書も生成AIで作ってよいですか
下書きまでは構いません。ただし配布前に、該当する資格や特別教育を受けた人が法令上の手順と照らし合わせ、承認欄に名前を入れる工程を必ず入れてください。生成AIが減らすのは書く時間であって、確認する人ではありません。
Q. 県の補助金や助成金は使えますか
研修として設計する場合は人材開発支援助成金の対象となる場合があります(要件審査あり・支給を保証するものではありません)。詳しくはAI研修に使える人材開発支援助成金で整理しています。
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参考・出典
- 厚生労働省「令和6年度能力開発基本調査 結果の概要」(2025年6月27日公表)
- 厚生労働省「令和6年度『能力開発基本調査』の結果を公表します」(2025年6月27日)
- 総務省・経済産業省「2024年経済構造実態調査二次集計結果 製造業事業所調査 結果の概要」(2025年8月29日)
- 統計センターしずおか「2024年経済構造実態調査(製造業事業所調査)統計表」(2026年8月14日公表)
- 静岡県「令和2年国勢調査 就業状態等基本集計結果 静岡県の概要」(令和4年7月)
- 静岡県「静岡県技能マイスターの認定制度」(2026年4月1日更新)
- 静岡県職業能力開発協会「技能検定」(令和8年度日程)
- 静岡県工業技術研究所「技術相談」
- 静岡県「中小企業AI・IoT導入促進事業」(2026年8月25日更新)