製紙・紙加工の現場で生成AIを使うなら、生産設備ではなく「交代勤務の引き継ぎ」「設備トラブルの記録」「安全衛生の教育資料」から入るのが確実です。24時間操業の装置産業には、人が入れ替わるたびに情報を文章で渡す仕事が大量にあり、そこが最も薄くなっています。本記事では富士・富士宮をはじめとする静岡県内の製紙・紙加工事業者を想定して、現場文書の7つの使い道と、AIに任せてはいけない記録の線引きを整理します。
静岡の紙は全国1位。それでも現場は書類に追われている

静岡県の産業データブック(令和4年・経済構造実態調査)によると、県内のパルプ・紙・紙加工品は事業所数486所、出荷額等908,601百万円で、県内製造業に占める構成比は4.8%です。注目したいのは全国での位置で、全国シェア11.7%と全国1位でした。同じ資料では、色板紙の製造品出荷額の全国シェアが62.0%(県内の産出事業所数4所)で、これも日本一の品目として挙げられています。
富士市の公式サイトは、富士地域が富士山の伏流水や富士川の表流水など豊富な水資源を背景に、全国でも有数の家庭紙の産地として発展してきたと説明しています。古紙配合率100%のトイレットペーパーをはじめとした再生家庭紙が生産されており、全国で生産されているトイレットペーパーの約4割が富士市内で生産されているとのことです。市の製造品出荷額等に占めるパルプ・紙・紙加工品関連の割合は約3割で、製紙関連産業は富士市の主要産業のひとつだと記されています。
これだけの集積がありながら、現場の情報伝達は今も紙とホワイトボードと口頭が中心という工場は少なくありません。設備は自動化されているのに、設備の状態を人から人へ渡す仕事だけが手作業のまま残っている。この非対称が、装置産業で生成AIが効く場所を教えてくれます。
装置産業に固有の「書く仕事」は5種類あります
製紙・紙加工の現場で発生する文書は、事務職の文書とも、受注生産型の部品メーカーの文書とも性格が違います。相手が取引先ではなく「次の直」「別のライン」「1年後の自分」であることが多いからです。
| 種類 | 典型的な文書 | 薄くなりやすい理由 |
|---|---|---|
| 引き継ぎ | 交代勤務の引き継ぎメモ、日直・夜直の申し送り | 勤務終了間際に書くため、短くなりすぎて伝わらない |
| 保全 | 設備トラブルの記録、点検の所見、部品交換の履歴 | 直した本人には自明なので、原因と兆候が書かれない |
| 安全衛生 | ヒヤリハット、危険予知の記録、掲示文、教育資料 | 文章が長く硬いため読まれず、形式だけが残る |
| 品質 | 品質クレームへの回答、社内の原因整理、規格の説明 | 謝罪と原因説明と再発防止が1つの文に混ざる |
| 条件変動 | 原料・エネルギー事情の変動を説明する社内外向け文書 | 毎年書き直すのに、書き方の型が共有されていない |
いずれも「書式は決まっているが、書く人によって中身の濃さが変わる」文書です。生成AIに下書きを任せる価値が最も出るのは、まさにこの性質を持つ書類です。
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製紙・紙加工の現場文書 生成AI活用7選

1|交代勤務の引き継ぎメモを、次直が読める形にそろえる
引き継ぎは、書く側が疲れている時間に発生します。箇条書きのメモを渡して、決まった型に整えさせてください。
例:「以下は当直の担当者が残したメモです。次の直が読むための引き継ぎ文に整えてください。構成は『いま動いている状態』『この直で起きたこと』『次の直で必ず見てほしい箇所』『判断を保留した事項』の4つ。メモに書かれていないことは推測せず、不明な点は『要確認』と書いてください。」
「判断を保留した事項」を型に入れておくのがコツです。この欄があると、迷ったまま次に渡された案件が可視化されます。
2|設備トラブルの記録を、他ラインへ展開できる文書に変える
保全記録は、直した本人が読み返す前提で書かれがちです。別のラインの担当者が読んで使えるようにするには、兆候・処置・再発防止を分けて書く必要があります。
例:「次の保全記録を、他のラインの担当者が読んで自分の設備を点検できる文書に書き直してください。構成は『どんな兆候が出ていたか』『どう確認したか』『何をしたか』『同種の設備で見るべき箇所』。設備名は一般名詞に置き換え、型式番号は伏せてください。記録にない原因は断定しないでください。」
3|ヒヤリハットと安全衛生の掲示文を、読まれる長さに直す
安全に関する掲示は、長いと読まれません。過去のヒヤリハット報告をまとめて渡し、掲示用の短文と、朝礼で読み上げる用の文を作り分けさせます。
例:「次の5件のヒヤリハット報告から、掲示用の注意喚起を3枚分作ってください。1枚あたり見出し15字以内、本文60字以内。『〜のおそれがあるため、〜する』の形にそろえてください。あわせて、朝礼で30秒で読み上げられる原稿も作ってください。個人が特定できる表現は入れないでください。」
4|化学物質の取扱い教育の資料を、社内の言葉で作る
製紙・紙加工の現場では薬品を扱う工程が多く、教育資料の需要が高い領域です。ただしSDS(安全データシート)の内容そのものは転記であって、生成AIに書かせるものではありません。生成AIに任せるのは、転記した内容を新人向けに噛み砕く部分だけです。
例:「以下は、当社で使用している薬品について社内で整理した取扱い上の注意です(SDSから転記済み)。この内容の範囲だけを使って、入社1年目向けの教育資料を作ってください。追加の物性値や法令名は補わないでください。最後に、この資料で答えられない疑問が出たときの確認先を書く欄を設けてください。」
5|品質クレームへの回答文と、社内の原因整理を分ける
クレーム対応でありがちなのが、社内向けの原因分析と、取引先向けの回答文が混ざることです。同じ材料から2つの文書を作らせると、書き分けの基準が身につきます。
例:「次の事象について、(1)社内の品質会議用の原因整理メモ(事実・確認したこと・推定原因・未確認事項)と、(2)取引先への一次回答文(現在の状況、確認中の事項、次の連絡予定の3点構成。原因は断定しない)を、それぞれ作ってください。取引先名と製品名は伏せ字にしてください。」
6|原料・エネルギー事情の変動を説明する文書を型にする
古紙やパルプの需給、燃料や電力の条件は毎年変わるのに、説明の型はほぼ同じです。前年の説明文を見本に渡し、今年の条件だけ差し替える形にすれば、書き出しで悩む時間がなくなります。社内向けと取引先向けで文体を分けて出させてください。ただし価格や条件の決定そのものは会社の意思決定なので、説明文の下書きまでにとどめます。
7|技術相談に持ち込む前の「相談メモ」を整える
公的な技術支援機関に相談するとき、状況をうまく説明できずに1回目が終わってしまうことがあります。手元の情報を渡して、相談メモの形に整えさせてください。
例:「以下は現在困っている品質不良の状況です。公的な技術支援機関に技術相談を申し込むための相談メモを作ってください。構成は『現象』『いつから・どの程度』『試したこと』『分かっていないこと』『相談したいこと』。専門機関の担当者が読む前提で、社内の略語は正式名称に直してください。」
装置産業のプロンプトで外さない4要素
| 要素 | 書き方の例 | 入れないとどうなるか |
|---|---|---|
| 読み手 | 「次の直の担当者が読みます」「入社1年目が読みます」 | 略語と専門用語の量が合わず、そのまま使えない |
| 使ってよい情報 | 「以下の記録の範囲だけを使う」「SDSから転記済みの内容だけを使う」 | 実在しない物性値・法令名・基準値が混ざる |
| 断定させない範囲 | 「記録にない原因は断定しない」「不明な点は『要確認』と書く」 | 推定が事実として社内に流通する |
| 伏せる情報 | 「型式番号は伏せる」「取引先名と製品名は伏せ字にする」 | 設備構成や取引条件を外部サービスに入力してしまう |
生成AIに書かせてはいけない製紙現場の文書
装置産業では、記録がそのまま法令上の証拠になる場面があります。次のものは対象外と決めてください。
- 実施した事実の記録そのもの:点検記録、作業記録、教育の受講記録は、行った本人が書きます。生成AIが作れるのは記入例や様式の説明までです。
- SDSの内容と、化学物質のばく露に関する判断:物性値、危険有害性、ばく露の程度の評価は転記と専門的な判断の領域です。厚生労働省の資料では、2024年(令和6年)4月1日から、リスクアセスメント対象物を製造・取扱い・譲渡提供する事業者に化学物質管理者の選任が義務化され、労働者に保護具を使用させる事業場では保護具着用管理責任者の選任も義務付けられました。あわせて、一部の業種で省略されていた雇入れ時の危険有害作業に関する教育の省略規定が廃止され、全ての業種で必要になっています。この体制のなかで判断すべき事項を、生成AIの回答で代替しないでください。
- 設備の安全に関する最終判断:運転を止めるか、この状態で使えるかの判断は、有資格者と責任者が行います。
- 取引先との契約・価格・納期の確約:説明文の下書きまでにとどめます。
- 法令の適用可否の断定:所管の窓口や専門家に確認してください。生成AIは法令名や施行日を誤って出すことがあります。
1ライン・1文書から始める4週間

1週目|対象を1つのラインに絞る
工場全体で始めようとすると、様式の統一で止まります。まず1つのラインを選び、そのラインの担当者だけで試してください。
2週目|引き継ぎメモから始める
最初の対象は交代勤務の引き継ぎメモが向いています。毎日発生し、読み手がすぐそこにいて、質が悪ければその場で指摘が返ってくるからです。効果の確認が最も速い文書です。
3週目|次直の声で型を直す
「この項目は要らない」「これが書かれていないと困る」という声を集め、指示文に反映します。同じ指摘が3回出たら、その時点で型を確定させてください。
4週目|工場内で共有する
できあがった指示文と見本を、他のラインが探せる場所に置きます。設備名や型式番号を含む文面は見本として残さない、を運用ルールに明記してください。ここまでやって、初めて担当者が変わっても残ります。
これを工場全体の教育に広げるときの設計は、「中小企業の生成AI研修の始め方」で扱っています。社内で推進役を任された方は「AI推進担当が最初の90日でやること|静岡の中小企業」もあわせてご覧ください。
静岡県内で使える技術支援の窓口
静岡県工業技術研究所は、県内の産業振興を目的に、研究開発、依頼試験、技術相談を行っている県の試験研究機関です。対象とする技術分野には、リーディング技術(バイオ、食品、環境、光)、共通基盤技術(材料、機械、電子、情報)に加えて、地域産業技術として製紙、繊維、工芸が挙げられています。本所は静岡市葵区牧ヶ谷にあり、沼津・富士・浜松の3か所に工業技術支援センターが置かれています。
製紙関連であれば、富士工業技術支援センター(富士市末広20-6、電話0545-35-5190)が地理的にも近い窓口です。相談にかかる費用や依頼試験の扱いは公式ページで確認したうえで、事前に連絡してから訪問してください。前掲の7つ目の使い方でつくった相談メモを持っていくと、初回から具体的な話に入れます。
設備投資やシステム導入にかかる費用の支援制度については「静岡のAI導入補助金5選」で国・静岡市・浜松市の制度を整理しています。制度ごとに対象経費や受付時期が異なり、要件審査があるため、対象となるかは公募要領で確認してください。
よくある質問
現場にパソコンがなくても始められますか
始められます。引き継ぎメモの整形は、事務所のパソコンでも、現場に置いた1台の共有端末でも回ります。全員が個別に使う必要はなく、直長や班長が1人使えるだけで、次の直に渡る文書の質は変わります。
設備の型式や配置を入力しても大丈夫ですか
入力しない運用をおすすめします。型式番号や配置は、自社の設備構成が推測できる情報です。プロンプトでは一般名詞に置き換え、「2号機」「A系列」のような社内呼称も避けてください。文書の型を作るだけなら、具体的な設備情報がなくても成立します。
安全衛生の教育資料をAIで作って問題ありませんか
社内で整理済みの内容を噛み砕く用途であれば問題ありません。逆に、物性値、危険有害性、法令名、基準値を生成AIに出させて資料に載せるのは避けてください。誤った値が教育資料として社内に定着すると、修正が非常に難しくなります。出所のある資料からの転記と、噛み砕きの作業を必ず分けてください。
製紙業で生成AIを使うとどれくらい効果がありますか
2026年8月時点で、製紙・紙加工業における生成AI導入の効果を示す公的な統計は確認できていません。他社の数字を目標にせず、自社で測ってください。引き継ぎメモであれば、作成にかかった時間、次の直からの問い合わせ件数、引き継ぎ漏れによる手戻りの件数の3つを、導入前に記録しておけば比較できます。
24時間操業で、教える時間が取れません
集合研修を組むより、1つの文書に絞って型を配るほうが現実的です。指示文をコピーして貼るだけの状態にしておけば、覚えることはほぼありません。型が定着してから、次の文書に広げてください。
参考・出典
- 総務省「令和8年版 情報通信白書」(2026年9月5日参照)
- 個人情報保護委員会「生成AIサービスの利用に関する注意喚起等について」(2026年9月5日参照)
- 静岡県「専門家派遣制度」(2026年9月5日参照)
- 静岡県「ふじのくにDX推進計画」(2026年9月5日参照)
まとめ|設備ではなく、人から人へ渡す文書から始める
静岡県のパルプ・紙・紙加工品は出荷額の全国シェア11.7%で全国1位、富士市では全国のトイレットペーパーの約4割が生産されています。産地としての強さは設備と技術に支えられていますが、その設備の状態を人から人へ渡しているのは、いまも文章です。交代勤務の引き継ぎメモ、設備トラブルの記録、ヒヤリハット、化学物質の取扱い教育、品質クレームの回答、条件変動の説明、技術相談のメモ。この7つのうち1つを、1つのラインで4週間試してみてください。法定の記録とSDSの内容、安全の判断は人が持つ。その線引きさえ守れば、投資なしで今週から動かせます。
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