静岡県の宿泊客数は令和6年度に1,950万人となり、全地域で前年度を上回りました。人手が増えないなか旅館・ホテルが生成AIを使うなら、効くのは接客より裏方の文章仕事です。予約メール・口コミ返信・OTA掲載文・新人マニュアルなど7業務の手順とプロンプト例をまとめます。
静岡の宿でいま生成AIが効くのは「フロント」より「裏方」
静岡県「令和6年度 静岡県観光交流の動向」によると、県内の宿泊客数は1,950万人で前年度を83万人上回りました。地域別では伊豆地域が1,049万5千人と県全体の半分以上を占め、富士地域は前年度比114.3%と最も伸びています。浜名湖を含む西北遠地域も212万人で、いずれも増加基調です。
一方で、客数が戻っても現場の人員が同じように戻るとは限りません。中小規模の宿では、支配人や女将、フロント責任者が予約対応・口コミ返信・OTAの掲載文・シフト連絡・仕入れ発注をまとめて抱えている、という体制が珍しくありません。これらは全て「文章を書く仕事」です。生成AIが最も早く役に立つのは、まさにこの層です。
逆に、館内でお客様と対面している瞬間の判断や、トラブル時の謝罪の温度感は人が担うべき領域です。「接客をAIに置き換える」のではなく、接客に使える時間を裏方から取り戻すという順番で考えると、失敗しにくくなります。
宿の裏方業務を7つに分けて考える

やみくもに試すと「便利そうだけど使い続かない」で終わります。まず自館の裏方業務を分解し、AIに任せる部分と人が決める部分を切り分けます。中小規模の宿であれば、次の7つで大半をカバーできます。
| 業務 | 今かかっている手間 | 生成AIの使い方 | 人が決めること |
|---|---|---|---|
| 予約メール返信 | 変更・キャンセル・団体の個別対応 | 状況別の返信下書きを作る | 料金・空室・特例の可否 |
| 口コミ返信 | 書き出しが浮かばず後回し | 投稿内容を踏まえた返信案を作る | 事実確認と謝罪範囲 |
| OTA掲載文 | 数年前の文章のまま放置 | 季節・客層別に書き分ける | 提供内容の正確さ |
| 館内案内・約款・FAQ | 口頭伝承で文書がない | 箇条書きから整った文書に整形 | 法令・規約との整合 |
| シフト・社内連絡文 | 毎回ゼロから書いている | 定型フォーマットを生成 | 人員配置の判断 |
| 仕入れ・発注文 | 取引先ごとに書き方が違う | 依頼文・確認文の雛形化 | 数量・価格・納期 |
| 新人マニュアル | 教える人によって内容が違う | 手順書の骨子と多言語版を作る | 自館のルールの正解 |
この表の右端、「人が決めること」を先に決めておくのがコツです。ここが曖昧なまま生成AIを使うと、AIが料金や空室を勝手に埋めた文章をそのまま送ってしまう事故が起きます。
予約・問い合わせメールの下書きを型にする
予約サイト経由・電話・自社サイトのフォームと、問い合わせの入口が分かれている宿ほど、返信の書き方がばらつきます。まず「よくある5パターン」を洗い出し、それぞれの下書きを生成AIに作らせて保存しておきます。
洗い出す5パターン
- 宿泊日・人数の変更依頼
- キャンセル料が発生する時期のキャンセル連絡
- アレルギー・離乳食など食事の個別要望
- チェックイン時刻の遅れ・当日連絡
- 団体・法人利用の見積依頼
例:「あなたは静岡県内の家族経営の旅館の予約担当です。次のお客様からのメールに対する返信文を、丁寧語で250字程度、書いてください。条件:料金と空室状況は【要確認】と書いて空欄にする/変更手数料の有無は断定しない/最後に電話番号を案内する一文を入れる。お客様のメール本文:(ここに貼り付け)」
ポイントは、料金や空室のように事実確認が必要な箇所を「【要確認】」で必ず空欄にさせる指示です。AIが具体的な金額を書いてしまうと、担当者が読み流してそのまま送る危険があります。空欄にしておけば、送信前に必ず人の目が入ります。
口コミ返信を「型」にして取りこぼしをなくす

口コミ返信は、後回しにされやすいわりに検討中の見込み客がよく読む場所です。特に低評価への返信は、書き出しで手が止まりがちです。ここは生成AIの下書きが効きます。
例:「あなたは静岡県の温泉旅館の支配人です。次の口コミに対する返信を200字程度で作ってください。条件:まずお礼を述べる/指摘された点は事実として認め、言い訳をしない/改善策は『すでに着手していること』だけを書き、実施していない対策は書かない/最後に再訪を歓迎する一文。口コミ本文:(ここに貼り付け)」
「実施していない対策は書かない」という一文が重要です。これを入れないと、生成AIは「スタッフ教育を徹底いたします」といった、実態のない改善宣言を自動的に足してきます。返信は公開される文章なので、書いた以上は約束になります。
返信を運用に乗せる手順
- 週1回、曜日を決めて未返信の口コミをまとめて確認する
- 生成AIに下書きを作らせ、事実関係だけ現場に確認する
- 固有名詞(スタッフ名・料理名・部屋タイプ)を1つ入れて具体化する
- 公開前に責任者が読む
3つ目の「固有名詞を1つ入れる」を守るだけで、AI特有の当たり障りのない返信から抜け出せます。
OTA掲載文・館内案内文をリライトする
OTAの施設紹介文やプラン説明が数年前のまま、という宿は多いはずです。掲載文は書き直すほど効きますが、ゼロから書くのが面倒で放置されます。既存の文章を貼って書き直させるほうが、はるかに早く進みます。
例:「次のプラン説明文を、40代夫婦の記念日利用を想定して書き直してください。条件:350字以内/料金・部屋数・提供内容は元の文章にある事実だけを使い、新しい情報を足さない/『絶景』『こだわり』のような抽象語は使わず、何が見えるか・何が出るかを具体的に書く/最後に予約時の注意を1行。元の文章:(ここに貼り付け)」
ここでも「元の文章にある事実だけを使う」という枠をはめます。この指示がないと、生成AIは「源泉かけ流し」「駅から徒歩5分」といった、確認していない情報を作文します。掲載文の誤りはクレームの直接原因になるため、この一文は必ず入れてください。
同じ考え方は、館内案内・宿泊約款・FAQの整備にも使えます。口頭で伝えてきたルールを箇条書きで書き出し、「この箇条書きを、宿泊者向けの掲示文に整えてください。追加のルールは作らないでください」と指示すれば、文書化の初稿が数分で用意できます。文書に落ちていないルールは、新人が入るたびに教え直すことになります。
シフト連絡・仕入れ発注など社内文書を定型化する
対外文書だけでなく、社内向けの短い文章も積み重なると時間を取ります。シフト変更の依頼、繁忙期の応援要請、取引先への発注・数量変更の連絡などです。
これらは「毎回ほぼ同じことを、少しずつ違う相手に書いている」型の仕事なので、雛形をいったん作ってしまえば以後は差し替えるだけになります。生成AIには次のように頼みます。
- 例:「宿の連休期間の応援シフトをお願いする社内連絡文を、150字以内で作ってください。日付と時間帯は【 】で空欄にしてください」
- 例:「取引先に、来週の食材発注数を変更したい旨を伝える依頼文を作ってください。数量と品目は【 】で空欄、丁寧語、150字以内」
空欄付きの雛形をメモアプリや共有フォルダに保存しておけば、次からは生成AIを開かずに済みます。「毎回AIに聞く」ではなく「AIに雛形を作らせて資産にする」と考えると、定着しやすくなります。
新人マニュアルと外国人スタッフ向け手順書をつくる
中小の宿で最も後回しになりやすいのがマニュアルです。ここには法令上の背景もあります。2023年12月13日に施行された改正旅館業法では、営業者は「感染症のまん延防止対策の適切な実施や特に配慮を要する宿泊者への適切な宿泊サービスの提供のため、従業者に対して必要な研修の機会を与えるよう努めなければならない」とされました(厚生労働省)。厚生労働省・観光庁は、高齢の方や障害のある方への接遇に関する研修ツールも公開しています。
つまり「研修の機会を与える」ことが前提になっているのに、教材が手元にない、という状態の宿が多いわけです。公開されている研修ツールを土台にしつつ、自館の動線・設備に合わせた手順書を作る作業に生成AIを使います。
新人マニュアルの骨子(そのまま使える構成)
- 1日の流れ(出勤〜チェックイン〜夕食〜朝食〜清掃引き継ぎ)
- お客様への基本の言い回し(出迎え・ご案内・お詫び・見送り)
- 設備の操作手順(大浴場・空調・客室備品の補充位置)
- 配慮が必要なお客様への対応(車椅子・段差・食事制限・聴覚や視覚の配慮)
- やってはいけないこと(宿泊者情報の持ち出し・SNS投稿・鍵の扱い)
- 困ったときの連絡先と判断の境界線(自分で決めてよいこと/必ず上に確認すること)
この6項目を見出しだけ決めて、各項目の中身を箇条書きでメモし、「この箇条書きを、初日に読む新人向けの手順書に整えてください。手順にない独自ルールを追加しないでください」と指示すれば初稿ができます。特に6番目の「判断の境界線」は、書いてある宿と書いていない宿で新人の立ち上がりが変わる部分です。
外国人スタッフが在籍する場合は、完成した日本語版をもとに、やさしい日本語版と英語版・ベトナム語版などを作らせます。このとき「日本語版にない指示を足さないこと」「専門用語には日本語の原語を括弧で残すこと」を条件に入れると、現場で日本語の掲示物と突き合わせて読めるようになります。スタッフ教育の設計そのものについては中小企業の生成AI研修の始め方もあわせてご覧ください。
フロントの多言語対応は「その場の通訳」より事前準備で効かせる
訪日のお客様対応では翻訳アプリが真っ先に候補に挙がりますが、対面のやり取りをその場で全部AIに通すのは現実的ではありません。効くのは事前準備のほうです。よくある質問と館内ルールを多言語の掲示物・カードにしておけば、当日の会話量そのものが減ります。
用意しておくとよいのは、大浴場の入り方(タオル・かけ湯・入れ墨の可否など自館のルール)、食事の時間と場所、館内Wi-Fi、ゴミの分別、チェックアウト手順、緊急時の避難経路です。これらを日本語で箇条書きにし、生成AIに多言語版を作らせ、印刷して客室に置きます。翻訳の正確さが不安な項目は、地域の観光協会や自治体が公開している多言語表記を参照して用語を合わせます。
導入前に決めておく3つのルール

裏方業務での活用は効果が出やすい一方、宿泊業は個人情報を扱う商売です。使い始める前に、次の3点だけは文書で決めておきます。
- 宿泊者の氏名・連絡先・クレジットカード情報は入力しない。口コミやメールを貼り付ける際は、氏名や部屋番号を伏せ字にしてから貼る運用にします。
- 公開する文章は必ず人が最終確認する。口コミ返信・OTA掲載文・SNS投稿は、責任者の確認を通してから公開します。
- 使うツールを限定し、無料版と有料版の扱いを決める。入力内容の学習利用に関する設定はサービスごとに異なるため、導入時に管理画面で確認し、社内で共有します。
この3行を紙1枚にして事務所に貼るだけでも、現場の不安はかなり減ります。より本格的にルールを整えたい場合は、業務フローの整理から入る茶業での生成AI活用手順の考え方が、宿泊業にもそのまま応用できます。
よくある質問
宿泊者の個人情報を生成AIに入力しても大丈夫ですか
入力しない運用にすることをおすすめします。口コミやメールを貼り付けて下書きを作る場合も、氏名・部屋番号・予約番号・連絡先は伏せ字に置き換えてから貼ってください。多くの業務は、個人が特定できる情報がなくても十分に下書きが作れます。
無料のツールだけでも始められますか
本記事で挙げた下書き作成の範囲であれば、無料で提供されているサービスでも試せます。ただし入力内容の取り扱いはサービスとプランによって異なるため、業務利用の前に提供元の説明を確認し、社内で使うツールを1つか2つに絞ってください。
口コミ返信をAIに任せると、どこも同じ文章になりませんか
下書きをそのまま公開すると、その通りになります。固有名詞(担当者名・料理名・部屋タイプ・季節の話題)を最低1つ加えることと、「実施していない改善策は書かない」という条件を毎回入れることで、自館の言葉に近づきます。
導入費用に使える公的支援はありますか
国や静岡市・浜松市の制度に、AI・デジタル関連の支援があります。制度ごとに対象経費や受付時期が異なり、要件審査があるため、対象となるかは公式情報での確認が必要です。制度の一覧は静岡のAI導入補助金の記事にまとめています。
誰が担当すればよいですか
まずは口コミ返信やOTA掲載文など、対外文書を実際に書いている人が1人で始めるのが確実です。その人が作った雛形を共有フォルダに置き、他のスタッフは雛形を使うだけ、という分担にすると、全員が操作を覚えなくても運用に乗ります。
参考・出典
- 観光庁「宿泊旅行統計調査」(2026年9月5日参照)
- 観光庁「訪日外国人旅行者の受入環境に関する調査を実施しました」(2025年)(2026年9月5日参照)
- 個人情報保護委員会「生成AIサービスの利用に関する注意喚起等について」(2026年9月5日参照)
- 静岡県「専門家派遣制度」(2026年9月5日参照)
まとめ|雛形を資産にすれば、宿の裏方は変わる
静岡県の宿泊客数は令和6年度に1,950万人と全地域で増え、伊豆・富士・浜名湖のいずれの圏域でも需要は戻っています。人員を増やさずに対応するなら、接客の前段にある文章仕事を圧縮するのが現実的な打ち手です。
手順はシンプルです。裏方業務を7つに分けて「人が決めること」を先に固定し、予約返信・口コミ返信・OTA掲載文の3つからプロンプトを試し、うまくいった指示文と空欄付きの雛形を保存して資産にします。新人マニュアルまで作れば、改正旅館業法が求める研修の土台にもなります。自館でどこから着手すべきか整理したい場合は、法人向けサービスやお問い合わせからご相談ください。